ドラねこ旅日記

ぼんやり村が産んだ「蒼き流星」ことドラねこが、旅の話やランニングについて語るブログ

参上!高野山 仏教が結んでくれた不思議な縁。の巻

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ドラねこ和歌山高野山

 

ちわ!おいさんです。(=´▽`=)ノ

みなさん一人旅してますか?

 

「一人旅・前半戦」15日目

今回は和歌山・高野山のお話です。

物語はその時の様子から始まります。

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和歌山観光4 さらば嵐の串本!

朝起きると雨はもう上がっていた。

 

といっても、代わりに台風みたいなすごい風が吹き荒れていた。

 昨日ずぶ濡れだった荷物は大半は乾いている。が、カメラのレンズは未だに曇ったままだ。

確かに昨日よりはマシだが曇っていることに変わりない。どうしようと焦ってみても乾かないのだからしょうがない。

しかたないので今日は写真をiPhoneでいってみることにする。

 

また例のごとくチェックアウト時間ギリギリまで寝ていた。

大慌てですぐに荷物をまとめあげ、昨日お世話になったYHのお姉さんにお礼を言い、バス停の場所を聞き、教えてもらった所に行く。

幸いバス停はすぐYHの目の前で大して歩きはしなかった。

しばらく待っていると少し雨が降り出してきた。それでも傘を指すほどではない。

 

そんな中をやって来たバスに乗り、わしは串本駅(くしもとえき)へ向かう。

 

串本駅

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串本駅は、和歌山県東牟婁郡串本町串本にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)紀勢本線(きのくに線)のである。本州で最も南に位置する駅である。串本町の中心部にあり、特急「くろしお」を含む全列車が停車する。                串本駅 - Wikipedia

本当はドンコで高野山まで行こうとしていた。

 

しかし、それで高野山まで行こうとするとゆうに12時間(!)を超えることが判明した。

なんとか今日中に夜には奈良の地を踏みたいワシとしては、しぶしぶ特急券を買って「くろしお」に乗る事にした。

 

うう……朝からかなり痛い出費だ(-_-;)

 

ホームに降り立つと相変わらずすごい風が吹いている。

ホームのベンチで待っていると横に座っていたおばあさんが

 

「すごい風だねぇ」と話しかけてくる。

 

聞くとこの串本が地元の方らしい。

なので、串本はいつもこんな風が吹くのか?と聞くと、やはり串本は本州で最も南に位置する駅なだけあり、台風がよく通る場所であるという。

5月〜8月くらいは雨が降るといつもこんな感じの天気になるというのだ。

 

なるほど、こんなにいいところなのにこの季節はそんな風になってしまうのかと少し残念な気がした。

 

電車がやって来た。

ここから特急電車和歌山行きに乗り、

和歌山から橋本に乗り換える。所要時間およせ5時間ほど。

 

くろしお」の中で次の乗り換えまで3,4時間あったので、散々眠っていたのにまた爆睡してしまう。

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そうこうしている間に和歌山駅に着いた。

本来ならこのまま奈良に行きたい。

しかし、高野山へはここから乗り換えて橋本まで南海線に乗って、のどかな風景を見ながら電車で進むことになる。

 

橋本

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一時間後、橋本駅に着いた。

ハラが減ったので近くの定食屋さんで昼メシを食べる

ここから今度は高野山駅までケーブルカーに乗って行くことにする。

 

ケーブルカー

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乗ってみるとケーブルカーはやたら人が混んでいた。

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なんとか自分一人と重いバックパックを背負い座れる場所を確保する。

こういうときバックパッカーは不利なのだ。

駅で地図を見つけたので開いてみると、

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フムフムこうなっているのか。

だったら一度、高野山から大門までのバスに乗り、

そこから歩いて色々見物して奥の院まで歩いていこう。

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これで無駄なく全部回れるはずだ!

お、そうこうしている間にさっそく門が見えてきた!

バスを降りてここから歩いてみよう! 

 

大門

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高野山(こうやさん)は、和歌山県伊都郡高野町にある標高約1,000m前後の山々の総称。平安時代弘仁10年(819年)頃より弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗、ひいては比叡山と並び日本仏教における聖地である。現在は「壇上伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。山内の寺院数は高野山真言宗総本山金剛峯寺(山号は高野山)をはじめ117か寺に及び、その約半数が宿坊を兼ねている。平成16年(2004年7月7日高野山町石道と山内の6つの建造物が熊野吉野大峯と共に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコ世界遺産に登録された。                高野山 - Wikipedia

大門に辿り着いた。引いてみるとこんな感じ。

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なんだか周りにはあまり人がいないが、

ここはそんなに人気スポットではないのだろうか?

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阿吽の像がワシを温かく(?)迎えてくれる。

昔はここが入り口であったらしい。ではここから早速歩いてみよう!

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それにしても来てみてわかったことだが、高野山は結構広いということだ。イメージでは山の上の狭い中にお寺がたくさんひしめき合ってる修業の場という感じかと思っっていたのに、実際はかなり広大な敷地がそこにはあって、一つの集落、いや街としてみんなが暮らしているという感じだ。

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実はこの高野山の中にはコンビニ小学校消防署もあるという。

なんていうか……宗教の聖地っぽくない。(;´Д`)

 

恐るべし高野山!

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見よ!この道を。広い上に結構綺麗に舗装されている。

そんなわしの横を高級車を乗り回した坊さんが通り過ぎて行く。

これは一体なんだろう?(;´Д`)

 

壇上伽藍

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歩いていると赤い二重の塔・大塔が見えてきた。

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入ってみると何やらお堂が建っている。

これは何なのかしら?

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行って見よう!と思ったら中で入場料を取られた。ちぇっ。(-_-;)

もちろん中は撮影禁止。 

中には綺麗な仏像が多く並んでいたよ。

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ちなみに外観はこんな感じ。

他にも色々お寺があるのだが、コレを全部見て歩くと一日では足りないらしいので今日は2、3に留めておく。

 

そうなると高野山で次に行くところはあそこだろう。

 

金剛峯寺

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金剛峯寺(こんごうぶじ)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗総本山の寺院。高野山は、和歌山県北部、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地に位置する。100ヶ寺以上の寺院が密集する、日本では他に例を見ない宗教都市である。京都の東寺と共に、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が宗教活動の拠点とした寺であり、真言密教の聖地、また、弘法大師信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めている。2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコ世界遺産紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部。「金剛峯寺」という寺号は、明治期以降は1つの寺院の名称になっている。しかし金剛峯寺の山号が高野山であることからも分かるように、元来は真言宗の総本山としての高野山全体と同義であった。本項では「金剛峯寺」を中心に、高野山全体の歴史、信仰、文化財について触れる。          金剛峯寺 - Wikipedia

高野山で有名なのはここ金剛峯寺である。

弘法大師がここを総本山にしていたという寺で、ユネスコの世界遺産の一部になっているというのだから見ないわけにはいかない。

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中には趣きのある櫓が立っていた。

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せっかくなのでまた入場料を取って入ってみよう。

ここではケチらないで入ってみるのだ。

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入ってすぐに大きな広間が敷いてある。ここは立ち入り禁止だってさ。

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玄関の目の前には大きな木の年輪があった。

すげーな、どこの木かしら?^^;

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歩いて行くと、なんと枯山水があった。おお~京都!(゜o゜;

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またさらに歩いて行くと、

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石庭が。こういうの見ると京都って感じがするよね。

まだ和歌山だけど…(;´Д`)

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廊下を歩いて行くと講堂に出てそこで女性の坊主が説法をしていた。説法を聞くとお茶とお菓子を貰えるらしいので貰って聞いてみる。お菓子はほんのり甘くて美味しかった。

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講堂の中には変な灯籠もあった。木で出来てるのなんて初めてみた。

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廊下に出てみるとまた枯山水。これが今回のベストショット!

さらに廊下は奥へと続く。

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大きな石庭も広がっている。すごい!だが石庭はまだまだある。

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う~ん、それにしても沢山ある。

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こんなにあると、びっくりするなぁ…(;´∀`)

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とにかく石庭だらけなのである。これは有名になるわw

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変なところにある窓。

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中に入って進んでみると、

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なんでハシゴがかかってんの?

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しかも結構高い。

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周りを良く見るとここは台所らしい。

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今はもう使われなくなったカマド。

よし、もう色々見たから帰ろう。なるほど、これは良いお寺だったわ。

そんな感じで参拝を済ませ一路西へ。

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整然と整列された静かな町並みを歩いていく。

ここは本当にこの高野山全体が一つの集落になっているんだな。

最後にもう一つどうしても寄りたい所があったのでそこに行って今日はお終いにしよう。

 

奥の院

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寺院群の東端にある一の橋から二の橋を経て御廟橋まで、約2キロにわたる参道沿いに無数の石塔が立ち並ぶ。御廟橋を渡ると空海入定の地とされる奥の院である。一番奥には空海が今も瞑想されている御廟があり、その手前には信者が供えた無数の灯明がゆらめく燈篭堂がある。空海は62歳の時、座禅を組み、手には大日如来の印を組んだまま永遠の悟りの世界に入り、今も高野山奥の院で生きていると信じている人もいる。「死去」「入寂」「寂滅」などといわず「入定」というのはそのためである。奥の院参道に沿って並ぶ石塔の数は10万基とも20万基とも言われ、皇族から名もない人々まで、あらゆる階層の人々が競ってここに墓碑を建立した。 日本古来の信仰では、山中は「他界」であり、死後の魂の行くところであった。高野山周辺には、人が死ぬとその人の頭髪を奥の院に納める「骨上せ」(こつの ぼせ)という風習がある。こうした古来の山岳信仰に、弘法大師の永眠する土地に墓碑を建てたいという人々の願いが加わって、この石塔群が形成されたものと 思われる。奥の院には上杉謙信景勝霊屋(たまや)、松平秀康及び同母霊屋、佐竹義重霊屋など、建造物として重要文化財に指定されているものを始め、平敦盛熊谷蓮生房織田信長明智光秀曾我兄弟赤穂四十七士法然親鸞初代 市川團十郎、俳優の鶴田浩二など古今の様々な人物の墓碑や供養塔がある。また芭蕉高浜虚子の句碑もある。

一の橋を渡り弘法大師霊廟がある奥の院まで行ってみる。

ここは何故か数々の戦国武将の墓がある戦国武将の墓のメッカなのだ。

そしてこのころには時間も四時を過ぎて心なしか薄暗くなって来た。

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まだ四時頃なのに周りは異常に暗く、厳かを通り越してなんだか不気味な雰囲気

 

その中を奥の院を目指し進んでいく。

あまりにも暗くてiPhoneのカメラでは上手く撮影できない!

一眼は未だに使えず、なので写真は一枚もない。

 

長いことなんだかんだで二時間は歩いていたがようやく奥の院が見えてきた。

中にはお堂と弘法大師の木造が安置してありそれを拝んだ。

 

さて、もうほとんど見て回ったのでそろそろ帰ろう。

暗い!この時間にしては暗すぎるよ!(;´Д`)

怖いので足早に帰る。

 

ここまで来れば大丈夫。

中の橋まで戻り、そこの大駐車場近くのバス停まで行く。

ここからバスに乗ってケーブルカーの駅までいーこう!

 

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帰りのバス停

すると同じくバス停で待っていた男の人が親しげにワシに話しかけてきた。 

杖を手に持ち、山高帽をかぶったその男の人は年の頃40代くらいで少し小太り気味のどことなく優しげな感じがする人だった。

 

特に怪しい感じはしない。

 

なのでワシらはバスが来る時間もあり、その人と当り障りのない会話をし始めた。

始めのウチ、交わした会話は何気ないものだったが、ワシがふと「アナタはここによく来るのか?」と尋ねたら、その人は訳あって、ある人の為に全国の色々な神社を回り祈願をしているという。

 

今度は逆にその人が

「ワシに何故一人で高野山にまで来たのか?」

と聞いてきた。

ワシは今までの一人旅をするまでになった経緯を話した。

 

すると、話は自然とお互いの身の上話まで及び始めた。

 

その人はある大事な人が、病気になってしまったので、それが治るように自分が全国の神社を周り祈っているということ。

ちなみにその大事な人は恋人ではないという。

恋人ではない大事な人の病気回復平癒の祈りとは一体誰の為のものなのだろう?

 

そうしたこともあって全国の神社仏閣に詳しいらしく、四国八十八箇所巡りももうすでに3,4回は周り、霊場を逆から巡る逆打ちなどもしたそうだ(!)

九州や関東の霊場廻りも終えて、今は関西の霊場を巡っているらしい。

 

そんな話を聞いてワシはびっくりした。 

まさかそんなたくさん霊場を巡っている人に、ここで巡り会えるとは思いもしなかったのだ。

なのでワシはこれから周ろうと思っているおすすめの神社仏閣について聞いてみることにした。

 

すると出るわ出るわw

わしがする質問にはなんでも答えてくれたw

その日あったわしらはお互い意気投合してバスの中でも隣あって座り、ケーブルカーに乗ってもまだおしゃべりをつづけた。

 

仏教のことやお経のこと、奥の院だけで売っている「厄年封じの」強力なお守りの話など、話は多岐に及んだ。

橋本駅までの帰りの電車の中で、いつのまにかこれからワシの人生はどうすればいいのか?という人生相談になっていった。

 

結局その人の答えを要約すると

 

①般若心経やお経を覚えること。

②迷うことなく善行を行うこと。

 

ということになった(なんで?)

 

 

ナゼ話がそんな方向に及んだのかはよくわからないが、

とにかくお互いに意気投合し盛り上がったことは楽しかったw 

そして、この人に吉野山のことを聞かせてもらい、この時ワシは次の日吉野山に行くことを決意する。

 

ようやく奈良に入ったワシは、こうして旅の新たな地を見出し進んでいくことになったのだ。

 

全く不思議な縁だった。


doraneko-travel.hatenablog.jp

 

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